高松高等裁判所 昭和46年(ネ)123号 判決 1972年3月30日
控訴人
山下シズエ
右代理人
高村文敏
被控訴人
大川勉
右代理人
大西美中
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和四六年六月一七日なした強制執行の停止決定はこれを取消す。
前項に限り仮りに執行することができる。
事実《省略》
理由
《前略》 訴訟上の和解により、当事者の一方が相手方に負担した給付義務の内容は、原則として和解調書の文言の解釈により定まることは勿論であるが、その文言を解釈するにあたつては、一般法律行為の解釈と同様に使用された文字のみに拘泥することなく、文字と共にその解釈に資すべき他の事情をも参酌し、当事者の真意を探究してなすべきところ(大決・昭和八・一一・二四・裁判例(七)民二六七頁、大判・昭和九・一・二三・裁判例(八)民四頁、大判・昭和一五・一〇・一五・法律新聞四、六三七号八頁各参照)、前記認定の事実(原判決理由二、三の(一)参照)からすれば、第一調書には原告が負担した給付義務の内容として、「無条件で本件土地を明渡すこと」とあるけれども、右和解により、原告は被告に対して本件建物を収去して本件土地を明渡すべき旨約したのであつて、ただ調書にその点の記載を脱漏したものというべきである。つぎに和解調書に明白な誤謬がある場合には、裁判所において民訴法一九四条の準用により更正決定ができると解すべきところ(大判・昭和六・二・二〇・民集一〇巻七七頁)、本件の如く、裁判上の和解において建物収去土地明渡の合意が当事者間になされたのに、和解調書に右建物収去の記載を脱漏した場合には、右調書に民訴法一九四条一項所定の「書損」に類する明白な誤謬があるものと解すべきである。したがつて、前件訴訟の受訴裁判所としては、被告からなされた前記更正決定の申立に基づき、第一調書中に、「本件土地を無条件で明渡すこと」とあるを、「本件建物を収去して本件土地を明渡すこと」と、更正決定すれば足りたのであるが、前記認定のとおり、右受訴裁判所はかかる措置に出ず、前件訴訟の口頭弁論期日を指定して弁論を開き、当事者双方の合意により第二調書記載のとおりの和解をしたのである。しかして、本来更正決定で和解調書の明白な誤謬を訂正すべきところを、これによらず、当事者双方の合意に基づき裁判上の和解によつて、右更正決定で訂正したと同様のことを定めた場合に、これを違法無効と解すべき事由はないから、結局本件では第一調書と第二調書の各和解により、本件建物を収去して本件土地を明渡す旨の執行力が調書上明確に現出されたものと解すべきである。
もつとも、原告は、前件訴訟は第一調書の和解によつて終了しているから、第二調書の和解は訴訟上の和解の前提要件たる訴訟係属なしになされた無効のものであると主張しているところ、さきに認定したとおり、前件訴訟は第一調書の和解により終了したものというべきであるが、民訴法三五六条の場合を除き、何等事件の係属のない裁判所において和解がなされ、調書が作成された場合でも、和解は当事者の行為であり、裁判ではないので、絶対的上告理由である専属管轄違背に該当せず、また再審事由にも該当しないから、右和解自体は有効と解するのが相当である。のみならず、本件では、前記認定の如く、被告が、第一調書には、本件建物収去の点が脱漏しているとして、当初更正決定の申立をなし、ついで右脱漏した建物収去の部分につきさらに和解をするため前件訴訟につき期日指定の申立をしたのであるから、裁判所が前件訴訟につき口頭弁論期日を指定してこれを開くことは適法であるし、他方訴訟上の和解がなされるについては、事実上事件が係属していれば足りると解すべきであるから、前記の如く被告の期日指定の申立に基づき前件訴訟の口頭弁論期日が開かれた以上、該期日において、本件第二調書の如き和解をすることは何等妨げないものというべきである。
よつて、第二調書の和解は訴訟上の和解の前提要件たる訴訟係属なしになされたものであるから無効であるとの原告の主張は失当である。《後略》
(合田得太郎 谷本益繁 後藤勇)